ベトナム戦争勃発から50年を迎える今年、2本のドキュメンタリー映画が日本初公開される。そのうちの1本、『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』(74)を観た。

Hearts and Minds


 製作期間は1972年から2年間の戦争末期。75年にアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、反戦運動を後押しして終結を早めさせたと言われている。非常に話題になっていながらも日本では劇場公開されず、テレビの深夜枠で放映された。そんな特殊な事情もあって、映画ファンから公開を渇望されていた伝説の作品である。

 私は『ディア・ハンター』(78)をオールタイム・ベスト映画としているし、ほかにも『バーディ』(84)や『プラトーン』(86)などベトナム戦争を題材とした映画に好きなものは多い。だからこの作品も非常に楽しみにしていたが、一方で40年も昔に撮られたドキュメンタリーということで、冗長な退屈さや堅苦しさも予想していた。だがそんな心配は無用だった。構成が練りに練られているのだ。現地での取材映像にニュース映像などの既存の素材を織り込み、あらゆる階層の人々の証言を綴って、公平に、平易に、しかし見せるべきものを効果的に見せていく。監督のピーター・デイヴィスこそテレビで多くのドキュメンタリー番組を製作してきたドキュメンタリー畑の人だが、その他の主要スタッフとして、エンターテインメント映画を主に手がける人たちの名が並ぶのを見て納得した。撮影に『ウッドストック/愛と平和の三日間』(70)のカメラマンでありその後『ノー・マーシイ/非情の愛』(86)などの監督となるリチャード・ピアース、編集に『カッコーの巣の上で』(75)のリンジー・クリングマンとスーザン・マーティン、製作は『イージー・ライダー』(69)などの名プロデューサー、バート・シュナイダー。第一線で活躍する映画人が、ベトナム戦争の真実を暴くために集結したということに本気を感じるし、その手法が押しつけがましくなく実に的確であるのがさすがである。

 この作品は、政治的報復を恐れて、製作後なかなか配給が決まらなかったといういわくを持つ。とは言えあからさまな反戦のメッセージを込めたものではなく、むしろ慎重にバランスを考えて、政治家とアメリカ兵、ベトナムの人々などの証言を並列に取り上げたものである。アメリカ国民が、当時様々な形で戦争に関わっていた。疲弊しながら戦う人も、子供を亡くした親もいて、そんな人々のデリケートな感情を逆なでしないよう非常に気を遣い、その営みをフィルムに刻み込むのだ。彼らだって間違った戦争の被害者だ。
 だけどいちばんの被害者は、間違いなく虐殺されるベトナムの人々。アメリカが彼らに対して行った残虐行為を映す映像が不意に挟まれ、衝撃を受ける。有名なシーンだが、路上で後ろ手に縛られた年若いゲリラ兵士がこめかみを撃ち抜かれるシーンや、ナパーム弾を落とされて大やけどを負った素っ裸の少女が逃げ惑うシーンには、言いようもない怒りと悲しみが湧き上がる。こんな場面に遭遇することも覚悟していただろう撮影クルーが冷徹に映した貴重な映像だが、緊迫した空気とともにカメラマンの身じろぎが伝わってくるようだった。

 政治家や軍の高官は、ベトナム人を「グーク」と蔑称で呼び、彼らの命は我々の命よりも安い、とうそぶいて虐殺を正当化する。アメリカ人から見たら、容貌がまったく違い、考えていることも分からないベトナム人は、確かに不気味な存在なのかもしれない。だけど映画は彼らの本当の姿も、おそらく初めて映し出した。自分の住む家や娘を失った男が、撮影クルーに怒りをぶちまけるシーンも悲壮だが、一家の大黒柱を失った家の葬儀の様子を、長い時間を割いて見せていくのが、静かでありながらも非常に雄弁だ。いつまでも泣きすがる小さな息子と、一緒に墓穴に入ろうとしてしまう老いた母親。ベトナム人も、自分たちとなんら変わらず人生を送っていた人々なのだと、観る人に語りかける。普通の人が入り込めない世界を見せるという、ドキュメンタリー映画のシンプルだが大きな力が発揮される。
 カメラは彼らの行為だけではなく、思想も映し出す。アメリカがこの戦争を行う大義名分は共産主義から「自由」を守るというものだった。そのためにベトナム人を踏みにじるのだが、彼らの尊厳までは奪えない。投獄された女性が高らかに言う。政府は私たちを閉じ込めようとするけど、それはすでに私たちの勝ちを意味する、私たちは「自由」なのだと。別の男性は、私たちはコメがある限り戦う、コメがなくなったら耕して戦う、とまっすぐに語る。不屈の精神で、真の「自由」の意味を見せ付けるのだ。

 もちろん世の中は単純なものではなく、結局誰かの自由は他の人の不自由の上にあるものなのかもしれない。だから映画は何が善で何が悪かを裁くことはしない。複雑な世界を曇りのない目で見せようとするだけだ。
 タイトルの「Hearts and Minds」とは、65年にジョンソン大統領が行った演説での、「ベトナムでの最終的な勝利は、実際に向こうで暮らしているベトナム人の意欲と気質(Hearts and Minds)にかかっているだろう」という言葉から取ったものである。政策はそこからかけ離れたものとなっていったのだから、皮肉を込めるとともに原点へ立ち返らせるために付けたものだと思う。この言葉について調べていたら、 「A Bright Shining Slogan」と、こちらも皮肉なタイトルを付けた記事があった。オバマもブッシュもイランのアフマディーネジャード大統領も演説で使っているごく一般的な成句なのだが、もう一度意味を考え直す必要があるだろう。人間らしい感情と理知的な判断とを持ってすれば、戦争などなくなるはずなのだから。



ベトナム戦争勃発から50年
映画で見る戦争(ベトナム)の真実
「ハーツ・アンド・マインズベトナム戦争の真実」
「ウィンター・ソルジャー/ベトナム帰還兵の告白」
6月19日(土)より、東京都写真美術館ホールにて同時公開 
公式HP www.eigademiru.com